神戸地方裁判所 昭和52年(ワ)1245号 判決 1981年4月28日
原告 山田一夫
被告 川津秋夫
主文
被告は原告に対し、金二一六万二五九九円及び内金一六六万六四二七円に対する昭和五二年一二月四日から、内金四九万六一七二円に対する同五四年一二月五日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は一〇分し、その四を被告の、その余を原告の負担とする。
原告のその余の請求を棄却する。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金五七九万二四四五円及び内金四四九万六〇一三円に対する昭和五二年一二月四日から、内金一二九万六四三二円に対する同五四年一二月五日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は昭和二六年三月一二日被告の妹である訴外川津えつこと婚姻届を了した夫婦である。被告とえつこの両親は訴外川津吉次、よしえ夫婦であり、吉次は同三六年四月二日、よしえは同五四年一二月二一日それぞれ死亡した。
2 原告は昭和二九年春頃から吉次、よしえ夫婦を引取扶養し、同人らがそれぞれ死亡するまで扶養料一切を負担した。
3 原告が負担したよしえの扶養料は次のとおり金五七九万二四四五円である。
(一) よしえの昭和四二年一二月から同五四年一一月三〇日までの生活費は別紙第一表記載のとおり金五三九万四九一五円である。
(二) よしえは昭和五一年一〇月八日膝骨折のため○○○○病院へ入院し、同五二年三月二九日退院したが、その間家政婦を依頼したために要した費用は別紙第二表記載のとおり金二六万二五三〇円である。
(三) 原告夫婦間の長女光子は、よしえの右入院期間中及び退院後川西市内のアパートで療養生活期間中家政婦代りに同人の付添看護をしたが、それに要した費用は別紙第三表記載のとおり金一三万五〇〇〇円である。
4 原告はよしえの扶養義務者ではないにも拘らず右扶養料金五七九万二四四五円を負担したことにより同額の損失を被つたところ、被告はよしえの扶養義務者であり、かつ、扶養料負担能力がありながら一切負担せず、なんら法律上の原因なくして不当に同額を利得したものである。
5 なお、原告は昭和二九年一〇月二二日被告より金三五万円受領したことは認めるが、右金員は吉次、よしえ夫婦の当面の生活費を捻出するため吉次所有にかかる家、屋敷を処分した代金六五万円の一部を吉次の代理人として受領したにすぎず、吉次、よしえ夫婦の終身扶養の対価として受領したものでもなく、原告が被告との間に同人らを終身扶養する旨の合意をしたこともない。仮に右協議が成立したとしても金三五万円の対価で同人らを終身扶養する契約は公序良俗に反し無効であり、被告の利得が法律上の原因を欠くことは同様である。
6 よつて、原告は被告に対し、右不当利得金五七九万二四四五円及び内金四四九万六〇一三円に対する訴状送達の翌日である昭和五二年一二月四日から、内金一二九万六四三二円に対する請求の趣旨訂正の申立書送達の翌日である同五四年一二月五日からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1の事実はすべて認める。
2 同2の事実中、吉次、よしえ夫婦を扶養したのが原告のみである点及び扶養開始時期は否認し、その余の事実は認める。原告は同人らをえつこと共同して扶養したものであり、扶養開始時期は昭和二八年五月下旬頃である。
よしえは自ら内職をして収入を得、老令年金を受給していたものであり、えつこはよしえの扶養義務者として、川西市から扶養手当を受給していたからして、右相当金員は原告夫婦が負担した扶養料ではない。
3 同3の事実はすべて知らない。
4 同4の事実中、被告が昭和四二年一二月以降よしえの扶養料を負担していないことは認め、原告の負担した扶養料は不知。その余の事実は否認する。
5 被告は昭和二二年一〇月訴外山本きよみと婚姻し、吉次、よしえ夫婦と同居生活を送つたが、同居生活は円満を欠いたため、被告夫婦は昭和二四年一〇月頃別居した。ところが、被告夫婦は親族の仲介により同二七年二月から吉次、よしえと再同居し、その際吉次よりその所有にかかる家・屋敷・田畑・山林すべての不動産の贈与を受けることとなり、同人から右不動産の権利証と実印の交付を受けた。しかしながら前回同様右同居生活は円満を欠いていたところ、吉次、よしえ夫婦は昭和二八年五月下旬原告夫婦に慫慂されて被告と別居し、原告夫婦と同居するに至つたが、その際被告が贈与を受けた右不動産をめぐつて紛争が発生し、家事調停や仮処分申請がなされたが、右事態を憂慮した親族の仲裁により、原告夫婦が吉次、よしえ夫婦を同居させてその責任において一生扶養し、被告はその対価として吉次(実質的には原告)に対して金三五万円を支払う旨の合意が成立し、被告は同二九年一〇月二二日吉次から贈与を受けた不動産を処分して金三五万円を原告に交付した。従つて、被告はよしえの扶養料支払義務はなく、扶養料の支払をしない法律上の原因がある。仮に、被告が同人の扶養義務を負担するとしても、原告の妻であるえつこも扶養義務者であり、また具体的扶養義務はよしえが被告を相手方として神戸家庭裁判所姫路支部に対して扶養料支払の調停を申し立てた以後に発生するものである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
成立に争いのない乙第九号証の二によると、よしえの扶養義務者は被告と原告の妻であるえつこの二人であることが認められ、被告はよしえの扶養義務者であるにも拘らず昭和四二年一二月以降同人の扶養料を負担支出していないことは当事者間に争いがなく、原告はよしえの姻族であるから扶養義務者でないことは明らかである。
二 よしえの昭和四二年一二月以降の扶養者等について
1 成立に争いのない乙第一、第八号証、証人山田えつこ、同川津よしえの各証言、原告(第一回)及び被告各本人尋問の結果によると、原告、えつこ夫婦は昭和二八年ないし二九年頃それまで被告と同居していたよしえを吉次と共に引き取つて同居し同五一年六月から川西市内にアパートを借りてよしえを居住させたことがあるものの同五二年一二月二五日から再同居し、同人の死亡に至るまで終始同人を扶養していたこと、よしえは昭和四二年一二月当時七六歳であり、資産はなく後示(四)の年金以外の収入もなく、要扶養状態にあつたこと、原告はえつことの婚姻前から○○○警察本部に事務職員として勤務し、同五一年三月退職したのち税理士業務を開始し、えつこは同四一年から○○市役所に勤務し、学校給食の職務に従事していることがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
2 成立に争いのない甲第三号証の一ないし六、第一七号証の一ないし四、第二二号証の一ないし七によると、原告の昭和四五年から同五四年までの、またえつこの同四八年から同五四年までの各年収は別紙第四表2欄の該年度分記載のとおりであると認められるところ、右年度より前の各年収を認定する直接的証拠はないとはいえ、当裁判所に明らかな総理府統計局発行の家計調査年報による官公職員の同四三年から同四八年までの前年度対比の勤め先収入の増加率は第四表3欄記載のとおりであると認められるから、右数値から順次前年分の年収を逆算して算定すると第四表2欄の該年度分記載のとおりとなり、原告夫婦はそれぞれ右記載のとおりの年収があつたものと推認される。右各認定に反する証拠はない。
3 右認定事実及び次項認定事実からすると、原告がよしえの扶養料を負担支出していたことは否定すべくもないところであるが、えつこもよしえの扶養義務者としてその扶養料を負担支出していたことは容易に推認し得るところであり、特段の事情を認め難い本件にあつては、それぞれの昭和四二年から同五四年までの総収入割合である原告が五六パーセント、えつこが四四パーセントの比率に応じてよしえの扶養料を負担していたものと推定するのが相当であり、よしえの扶養料を全額負担支出していた旨の原告の主張は到底採用し難く、右主張を前提としてよしえの生活費を算定している原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一号証の数値も採用し難い。
三 よしえの生活費等について
よしえの昭和四二年一二月から同五四年一一月までの具体的生活費等がいくらであつたかを確定する直接的証拠は存在しない。かかる場合各種統計表を駆使し、客観性を具備し、合理性と蓋然性の高い数値を求めて算定されるべきである。
1 乙第八号証、成立に争いのない甲第一三号証、証人山田えつこの証言、原告本人尋問の結果(第一ないし第三回)によると、原告は大正一四年六月生まれ、えつこは同一五年二月生まれであること、両者間の長女光子は昭和二七年七月生まれで、同四八年三月二年制短期大学を卒業するまで滞りなく学業を終え、同五四年五月結婚し別居するまでの間有職と無職の期間はあつたものの、就学しない未婚女子として両親と共同生活を送つたものであること、長男文夫は同三四年一〇月生まれで、現在四年制の大学生であり、その間滞りなく学業を経ていること、よしえは明治二四年一〇月生まれであること、以上五名が昭和四二年一〇月以降生計を共にした家族であることがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
2 原告家族の税金、社会保障費等の非消費支出を除く消費支出を検討するに、当裁判所に明らかな総理府統計局発行の統計年鑑の各種統計表の内、年収入に応じた勤労者世帯一世帯当たり平均一か月の収支表により、原告夫婦の各年収を合算した金額に対応する消費支出を原告家族の消費支出と推認するのが合理性、蓋然性が高いものと思料されるところ、右統計表によると昭和四三年から同五三年までの原告家族の消費支出は第四表4欄記載のとおりである。同四二年度分について勤労世帯の統計がないことからして全世帯のそれによつたものであり、同五四年度分について未だ統計年鑑が発表されていないからして同年度の対前年比の統合卸売物価指数六・八パーセントを加算して求めたが、若干の誤差が予測されるものとはいえ、未だ合理性蓋然性を損うものではない。
3 右によつて求めた原告家族の消費支出額の内、よしえ一人分の消費支出を求めるについては、当裁判所に明らかな労働科学研究所の総合消費単位によるのが最も合理的である。本項及び前項認定の諸事情、即ち原告家族五人の年齢、職業、職務内容、学業等の諸事情を斟酌し、年度途中の事情の変化については、変化事情発生月以後とそれ以前に各消費単位を分配して検討すると、原告家族五名のそれぞれの消費単位は第四表5欄記載のとおりであると認められる。なお、よしえの昭和五一及び五二年の消費単位が増加しているのはアパートを借りて独立の生計を営んだため、二〇単位を加算したためである。右総合消費単位から算定されるよしえの同四二年一二月から同五四年一一月までの消費支出は第四表6欄記載のとおりであり、その合計額は金四六九万四八五四円となる。甲第一号証はよしえの消費支出を原告家族数の五人で均等按分しているが、これは各人の消費支出額の差異を無視するものであり、不正確であるといわなければならず、この点からも甲第一号証は採用し難い。
4 証人山田えつこの証言、原告本人尋問の結果(第一回)及びこれらにより真正に成立したと認められる甲第二号証の一ないし六によると、よしえは昭和五一年一〇月八日膝骨折のため○○○○病院に入院し、同五二年三月二九日退院したが、その間別紙第二表記載のとおり家政婦を依頼して同人の看護に当たらせて金二六万二五三〇円の費用を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
なお、原告は長女光子をしてよしえの付添看護に当たらせ、その費用として一日当たり金一五〇〇円合計金一三万五〇〇〇円を要した旨主張し、証人山田えつこの証言、原告本人尋問の結果(第一回)によると、費用の点を除くその余の原告主張事実を認定することができるとはいえ、原告夫婦が光子に対して一日金一五〇〇円の割合による看護費用を支払つた点については原告本人の供述しかなく、右供述のみによつて右事実を認めるに十分ではないし、光子の付添看護は原告夫婦のよしえに対する扶養の一環として以上に評価することもできないからして、光子の付添看護費用の請求分は採用し難い。
5 そうすると、よしえの右期間内の生活費等は金四九五万七三八四円であると認められる。
四 原告夫婦が負担したよしえの扶養料について
1 成立に争いのない甲第二六号証によると、よしえは昭和四二年一二月から同五四年一一月までに金一〇九万五六〇〇円を上回ることのない年金を受給していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。よしえの生活費等の内右年金額は原告夫婦が負担支出していないものというべきである。
2 被告は、えつこがよしえの扶養義務者として扶養手当を川西市から支給されていたことを目してこれを控除すべき旨主張するが、扶養手当は扶養義務者が扶養権利者を扶養することによつて受ける利益であるとはいえ、他の扶養義務者とは無関係な雇用者との間の労働関係から発生する扶養義務者の権利であり、扶養権利者が受給するものではないからして控除の対象と解するのは相当ではない。
また、原告の被告に対する不当利得返還請求権は、原・被告間の法律上の原因のない利得と損失の有無如何の不当利得法の法理によつて決定されるものであり、扶養権利者であるよしえが扶養義務者である被告に対して具体的に扶養料を請求するまでその発生を妨げられるものではない。
3 そうすると、原告夫婦がよしえの扶養料として負担支出したのは金三八六万一七八四円となる。
五 原告が負担したよしえの扶養料について
前示の如く、原告とえつこが支出したよしえの扶養料負担割合は五六対四四とみるべきであるから、結局原告が負担支出したよしえの扶養料は金二一六万二五九九円であり、これを本訴請求に対応して昭和四二年一二月から同五二年一一月までと、同年一二月から同五四年一一月までのそれぞれの間に要した扶養料をその要した時期に応じて配分して計算すると(年金についてはその期間に応じて単純分配した。)、前者の期間が金一六六万六四二七円、後者の期間が金四九万六一七二円となる。
六 原告の立替扶養料の被告に対する不当利得返還請求権について
1 扶養義務者でない者が要扶養者を事実上扶養し、扶養料を支払つた場合においては、立替扶養料を不当利得或いは事務管理として扶養義務者の全員又は任意の一人に対して全額請求することができ、扶養義務者は連帯してその全額の支払義務を負担するものであり、扶養義務者相互間の求償は審判事項として家庭裁判所の専決権に属し、訴訟事件の対象になるものではないと解すべきである(最高裁判所昭和四二年二月一七日民集二一・一・一三三)。従つて、扶養義務者ではない原告が立て替えたよしえの扶養料は、不当利得として同人の扶養義務者の一人である被告に対して全額返還請求することができるものというべく、原告の妻えつこもよしえの扶養義務者であることを理由にその全部又は一部の支払を免れ得るものではない。そして、被告が本件によつて原告に対して支払う立替扶養料(不当利得金)のえつこに対する求償及びえつこが負担したよしえの扶養料の被告に対する求償のいずれも審判事項として家庭裁判所による判断を求めるべきである。
2 被告は昭和二九年一〇月二二日金三五万円を交付することにより、原告がよしえを終身扶養する旨の合意が成立したものと主張し、被告本人は右主張に符号する供述をするところである。原告が同日被告から金三五万円を受領したことは当事者間に争いがない。
(一) 右金三五万円が支払われるまでの経緯について検討すると、成立に争いのない甲第六ないし第一一号証、第一二号証の一・二、乙第二、第三、第五号証、第九号証の一、証人山田えつこ、同小山鉄夫、同川津よしえの各証言、原告(第一回)及び被告各本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、この認定に反する証人山田えつ子の証言、原告(第一回)及び被告各本人尋問の結果の各一部は措信し難い。
被告は昭和二二年一〇月訴外山本きよみと結婚し、吉次方において同人、よしえ、えつこと同居生活を送つたが、同居生活は円満を欠き、被告夫婦は同二四年一〇月頃吉次宅から別居した。えつこが同二六年三月原告と結婚して別居したのを契機として、被告は親族らより両親と同居することを勤められたが、再度の不和を慮つて躊躇したが、親族らの斡旋により家計、財産のすべてを被告夫婦にまかせるとの言質を得るに及んでようやく同二七年二月から吉次宅において同人及びよしえとの同居生活に入り、その前後において吉次は被告に対してその所有にかかる家・屋敷・山林・田畑すべての登記済権利証書と実印を交付した。ところが、右同居生活は前回同様円満を欠き、特によしえときよみの仲は相容れ難く、よしえはしばしば原告方を訪れ、やがては共に生活することが多くなり、同二八年五月頃には吉次も原告方において原告夫婦と同居して扶養されるに至つた。吉次は被告夫婦との円満な同居生活を前提としてその所有不動産のすべてを被告に贈与せんとしたにも拘らず、その前提が被れ、両者間の不和が決定的にならんとした時期に、被告が右不動産の大部分について登記を経由したことを知り、右不動産を取り戻すべく、よしえ及び原告夫婦の要請ないしは全面的支援を受けて同二八年六月二五日神戸家庭裁判所姫路支部へ被告の経由した右不動産の所有権移転登記の抹消登記手続と登記済権利証書の返還を求める調停申立をした。右調停手続はよしえと吉次の扶養問題ともからみ合つて円滑に進行しなかつたが、親族らの斡旋により調停外で話合が行われた。その結果、被告は同二九年一〇月二二日吉次の代理人である原告に対して金三五万円を支払うことにより右紛争は解決し、調停は取り下げられ、爾来原告及び吉次各夫婦と被告夫婦間には音信も途絶え、絶縁状態となつた。
(二) そこで、被告が吉次代理人原告に対して交付した金三五万円の趣旨について考える。
(1) (イ) 金三五万円を支払うことによつて解決すべき紛争の直接的端緒となつたのは家事調停であり、右調停申立の紛争原因事実は吉次の所有であつた不動産の所有権が同人、被告のいずれにあるかという吉次と被告との間の紛争であり、右両者間の紛争が金三五万円を支払うことによつて解決されたものであり、原告は紛争当事者でもなく、金三五万円の請求権者でもないこと、(ロ)金三五万円の受領証である乙第五号証には、「○○所在の不動産その他の家財の代償金」と明瞭に記載され、吉次とよしえの扶養問題については寸言も触れるところがなく、成立に争いのない甲第一四号証の一、証人小山鉄夫の証言、被告本人尋問の結果によると、被告は右紛争を解決するについて弁護士に相談し、金三五万円授受の場には弁護士の立会を得た上で乙第五号証を徴したものであると認められ、右記載内容の信頼性は高いこと、(ハ)証人山田えつこの証言、原告(第一回)及び被告本人尋問の結果によると、被告には金三五万円の支払能力はなく、紛争の対象となつていた不動産の大半を金六〇万円で処分し、その代金の内から支払つたものであることが認められるところ、金三五万円がよしえと吉次の終身扶養の対価とすれば、被告は同人らの扶養料について全く実質的負担をせずして扶養義務を免がれるという不合理な結果となり、扶養義務者ではない原告が右不合理な結果を容認してまでよしえと吉次の終身扶養を引き受けるべきいかなる事情も認め難いことを総合考慮すると、被告が吉次代理人原告に対して金三五万円を交付したのは、吉次と被告との間で吉次の所有であつた不動産等の帰すうをめぐる紛争について、すべて被告の所有であることを確認し、その代償として被告が吉次に対して金三五万円を支払つたものであり、原・被告間で右金三五万円を対価(原告或いは第三者である吉次に対する)としてよしえと吉次を終身扶養する旨の契約が成立したものではないというべきである。
(2) 前示の如く、吉次の不動産をめぐる紛争においては、同人及びよしえの将来の扶養問題がからみ合つており、証人小山鉄夫の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第六号証の一、証人山田えつ子の証言、原告(第一回)及び被告各本人尋問の結果によると、原告及び吉次各夫婦と被告との右紛争解決のための交渉過程において、原告及びえつこがよしえと吉次を将来も同居扶養していく旨発言し、その旨の協議が成立したことは認め得るものの、同居扶養の協議の成立と扶養料の負担とは別異のものであり、原告夫婦がよしえと吉次を同居扶養すると共にその費用をも全額負担する旨の合意が成立したとは認め難く、右認定に反する乙第六号証の一の記載、証人小山鉄夫の証言、被告本人尋問の結果の各一部は同居扶養の協議とその費用の負担とを短絡的に結び付け或いは牽強付会するものであり、到底措信できるものではない。
3 成立に争いのない甲第一九号証、第二〇号証の一ないし二〇、第二四号証、第二五号証の一ないし七によると、被告の昭和四五年から同五四年までの間のまたきよみの同四八年から同五四年までの間のそれぞれの年収は、別紙第四表7欄の該年度欄記載のとおりであり、右以前のそれぞれの年収を認定する直接的証拠はないとはいえ、原告夫婦の年収の算定と同一手法によつて算定すると、それぞれ同表同欄の該年度欄記載のとおりであつたと推認され、乙第九号証の一、弁論の全趣旨によると、被告の家族はきよみと同二三年一月生まれの長男、同二八年八月生まれの長女の四人家族であり、被告はその妻きよみと共に原告夫婦を陵駕する年収を得ており、その家族構成を勘案しても、原告の負担したよしえの扶養料を負担する能力のあることは容易に認定し得るところである。
4 そうすると、被告はよしえの扶養義務者であり、同人の扶養料の支払能力があるにも拘らず、なんら法律上の原因なく原告が負担支出した金二一六万二五九九円の扶養料の支払をせずに不当に利益を受け、原告に同額の損失を及ぼしたものであるから、被告は原告に対し右金員を不当利得として返還すべき義務がある。
七 以上の次第であるから、原告の本訴請求中不当利得金二一六万二五九九円及び内金一六六万六四二七円に対する訴状送達の翌日である昭和五二年一二月四日から、内金四九万六一七二円に対する請求の趣旨訂正の申立書送達の翌日である昭和五四年一二月五日からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡部雄策)
第一表
其間(昭和)
月額の生活費
合計
1
42年12月分
17,241
17,241
2
43年分
18,611
223,332
3
44年分
20,085
241,020
4
45年分
21,440
257,280
5
46年分
27,720
332,640
6
47年分
28,609
343,308
7
48年分
34,389
412,668
8
49年分
43,145
517,740
9
50年分
46,498
557,976
10
51年分
50,090
601,080
11
52年分
54,018
648,216
12
53年分
54,018
648,216
13
54年1月から11月分
54,018
594,198
合計5,394,915
第二表
其間(昭和年月日)
日数
費用(金)
1
51.12.1~51.12.10
10
60,770
2
51.12.21~51.12.31
11
66,820
3
52.1.1~52.1.10
10
60,500
4
52.3.4~52.3.8
5
32,270
5
52.3.9~52.3.15
7
30,170
6
52.3.16~52.3.18
3
12,000
合計262,530
第三表
其間(昭和年月日)
日数
費用(金)
1
51.10.21~51.10.25
5
7,500
2
51.11.5~51.11.30
26
39,000
3
51.12.11~51.12.20
10
15,000
4
52.1.11~52.1.31
21
31,500
5
52.2.1~52.2.28
28
42,000
合計135,000
第四表<省略>